フツーに暮らしてますけど

いくつになっても「箸がころんでもおかしい年頃」のままで生きています。


日常のちょっとしたお話です。

ご縁

昨日はキャンプの予定日だったのですが、
前回の台風なみの風を経験した50代夫婦は、少し大人になり、
降水確率70%を見た瞬間にあきらめることにしました。(スゴイ成長です)


キャンプは中止したものの、
予定していた場所には行きたいという、まだちょっと大人になりきれてない人が一人いましたので、とりあえず出発!


14時半頃到着し、お昼ご飯もまだだったので、何か食べようってことで
ちょっと歩いてみたら、おそばやさんの看板を発見。


「こんにちは~」と言うと、一人の女性が出てきて
なんかお客さんを迎える感じではない気配。


現在はもうお蕎麦やさんを廃業し、
家屋も年内いっぱいで寄付のような形になる予定なので
家の中のものを処分しているところだとお話ししてくださいました。


「よかったら、どうぞあがってください」


と言われ、お言葉に甘えてお邪魔することに。



玄関には大きな太鼓が高い天井からぶら下げられていました。
一本の木をそのままくりぬいて太鼓にしたものだそうです。
これ、実物はそうとうな大きさで、ふとーい縄でぶら下がってるんです。
横にチラッと写ってるのがお住まいなさってる方。


3階には昔の農具や時計がたくさんあり、まるで資料館です。


いろいろ見学させていただいてから、
大きな囲炉裏のあるお部屋でゆっくりさせていただきました。


御自分から話されることはほとんどなく、
私達が質問をすると、ゆっくり静かな声で答えてくださるのです。


40年前にいきなり旦那様から、
「合掌造りの家を買って移築することにした。その家で蕎麦屋をする。」
と告げられたそうです。


「私たちの時代はね、旦那さんがこうするって言ったらついていくしかなかったから~」
と微笑んでました。


ここで3人の女の子を育て、お蕎麦屋さんをして過ごし、
娘さん方もみんな遠くへ嫁がれて、ご夫婦2人で暮らしていたそうです。


そして6年前にご主人が他界し、それから一人で山の中のこの大きな家で
暮らしてきたことを、ぽつっ、ぽつっ、と話されていました。


寂しいと思うこともたくさんあったとは思いますが、
私達には一言も弱音や不満を口にせず、
「ここで暮らせてよかったです。」
と、話される、凛とした姿がとても素敵でした。


パパさんが
「ご主人が作る蕎麦を食べてみたかったです」
と言うと、
「今日いらっしゃるご縁だったのでしょうね~」
と、笑ってらっしゃいました。


きっとそうですね。
何十年も前にお蕎麦を食べに来ていたら、こんなにゆっくりお話しすることもなかったでしょう。
自然の景色を見ながら、美味しいお茶もいただき、
あっという間に2時間が過ぎていました。


「いらしてくださってありがとうございました。お元気で」


と、見送ってくださり、お別れをしました。


帰り道、「今夜も一人であの広いお部屋で夕飯を食べるんだよね~寂しくないかな~」と、ふと思いましたが、そう思うこと自体が失礼なことだと思いました。


「ここで暮らせてよかったです」


その言葉が全てを語ってるのですよね。



×

非ログインユーザーとして返信する

あと 2000文字

※は必須項目です。